知財推進計画2008の決定

 2008年6月18日、首相官邸での知的財産戦略本部会合で、知的財産推進計画2008が決定されました。
 私は、昨年3月に民間代表として有識者本部員に任命されて以来、推進計画の策定に関する専門調査会、その専門調査会の下議論をするワーキングでの会合に参加して、活動してきました。

首相官邸での知財戦略本部会合の様子

 本部会合の様子や議事内容・本部員の発言内容が全て公開されております。
 戦略本部は、首相が本部長、官房長官が副本部長、その他の大臣および民間代表の有識者が本部員で、合計10名で構成されています。
 本部会合は、首相が臨席してスタートします。当日議題についての説明と報告があり、それから有識者本部員が発言し、各大臣が発言し、その議論を踏まえて当日の結論を出します。最後に、首相が決定や今後の取り組みについて発言し、会合が終了します。
 各発言は2-3分に制限されており、その時間で必要なことを発言するのは、なかなか大変なものです。
 今年3月の本部会合では、私は、京大の山中教授が開発したⅰPS万能細胞の発明をオールジャパンで支援する知財戦略と支援体制を確立すべきことを提言しました。それは、この度の推進計画2008に反映されました。

これまでの推進計画の流れ

 2002年の小泉元首相の国会での「知的財産立国宣言」以来、足掛け5年間にわが国の知的財産制度改革やその環境整備が大きく進められて来ています。
 これまでの改革は、産学官の全てのセクターが参画して進められ、オールジャパンでわが国の競争力を向上させるために知財制度を改革してきたものといってよいと思います。昨年度及びその前の弁理士法改正も、この知財改革の流れの中で進められたものです。
 推進計画2008では、未だいくつかの課題があることを率直に認めた上で、世界を意識した最先端の研究開発〈創造〉、制度構築〈保護〉、市場開拓〈活用〉の実現に向け、「知財フロンティアの開拓」への取り組みを強化することにしました。
 そこでは、次の3つを重点として「世界を睨んだ知財戦略の強化」を目指しております。
①わが国の重点戦略分野の国際競争力の一層の強化
②国際市場への展開の強化
③世界的共通課題やアジアの諸問題への取組に対してのリーダーシップの発揮

推進計画2008の新しい流れ

①新たな国際知財システムの構築
 推進計画2008の新たな流れは、国際的な知財戦略を強く打ち出したことにあります。
 推進計画2003が策定された段階での基本的な流れは、あくまでもわが国の知財制度の改革が先決の課題でした。
 しかし、その後の5年間で、世界の経済は大きく変化し、国際的な水平分業が進展する一方、BRICSのような国々で大きな市場が形成されるようになりました。
 このため、わが国の企業は、国際的に知財が保護されない限り、その競争力を形成することができない時代となっています。
 この流れの中で、パリ条約の各国独立の制度での保護では限界が来ていることが強く意識されるようになりました。
 日米欧や中国・韓国の特許出願件数は増大し、各国の審査負担を大きくし、審査遅延の懸念が大きくなっています。
 このため、審査ハイウエイなど各国の審査協力が不可欠になってきており、その結果、制度の国際調和、審査の仕方の国際調和を図り、審査結果を活用できる環境を整える必要があります。
 推進計画2008でも、世界特許システムの構築への取り組みの強化が打ち出されました。
 同時に、特許の質を高め「安定性と予見性を高める」ことを明確にしました。これは、特許などの権利について安定性と予見性が高くないと、特許などの知財に支えられたビジネスのリスクが大きくて安心して知財を活用できないということです。
 この流れは、国際競争の中でわが国のみでは解決できない問題であり、本格的な知財制度、特に特許制度の国際的な調和が不可欠であり、これを進めないと国際的な特許制度がイノベーション促進に寄与しないとの認識に基づくものです。

②デジタル・ネット時代の知財制度の整備
 推進計画2008では、デジタルコンテンツの流動化を目指した著作権法の改正が今年の大きな流れです。
 これまでの著作権法は、アナログな情報しかない時代の制度で、デジタルコンテンツのような情報をOnlineで処理されることを想定していないものです。
 このため、情報を流すのにいちいち著作権者の同意を取らなければならず、検索エンジンのサーバに情報を取り込むことにも著作権法上の問題があります。
 著作権法の改正は、検索エンジンのサーバを日本に置けない、映画を売るためには脚本家・演出家・出演者などの多くの著作権者の同意を得ないと売れない〈権利の束〉など、現行法がデジタルコンテンツの流動化の障害になっていることを解決しようとするものです。

③オープン・イノベーションに対応した知財戦略
 これまでの個々の内部リソースの研究開発では、技術の高度化・複雑化と技術革新の加速に対応できなくなってきています。
 米国では、外部のリソースを取り込んで新たな技術革新を構築する「オープン・イノベーション」が進められ成功しているといわれています。
 IBMは、OSI(Open Source Initiative)に対して500件もの特許を無償開放しています。また、2008年には、米国IBMにフィンランドNokia、米Pitney Bowesおよびソニーが協力して、大手企業を中心に環境技術特許の無償開放を進めるエコ・パテントコモンズの設立も発表されています。
 これは、特許で独占するというクローズドモデルのイノベーションに対する大きなパラダイムシフトといえます。
 一方で、基本特許の独占を開放しながら他の技術・特許を取り込んで新たな市場を構築し、これにより拡大した市場での商品化で特許・知財により独占し収益を最大化するモデルがあります。
 これらに鑑み、推進計画2008では、オープン・イノベーションを考慮した知財の戦略的活用のための環境整備が大きな流れとなっています。
 これまでの推進計画では、事業戦略・開発戦略・知財戦略の三位一体の経営戦略を進めることが知財の戦略的活用の柱でしたが、これを更に国際展開するために、これまでの自己の内部ソースに基づくクローズドモデルをオープンモデルに発展・展開することが必要であるとして、その環境整備を進めるべきとしました。
 しかしながら、外部の研究開発の成果を自己の事業に結び付けるためには、自らの研究開発をしっかり構築し特許化してはじめて、他人の技術を取り込むことができるのであり、他人の技術を当てにすることがオープン・イノベーションではないことに留意すべきです。

まとめ

 2008年5月30日に、特許庁長官の私設懇談会から「イノベーション促進に向けた新知財政策」報告書案が出され、国内外のパブリックコメントにかけられております。
 この中では、わが国の新たな知財政策の基本的な流れとして、イノベーションの促進は、国に任せるのではなく、制度利用者が積極的に参画しない限り実現できないということが打ち出されています。
 今後も知財の実務の専門家である弁理士として、新しい流れにかかわって行きたいと思っております。